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名古屋地方裁判所 平成10年(行ウ)3号 判決 1998年9月07日

愛知県刈谷市野田町西屋敷一二〇番地

原告

下村幸夫

右訴訟代理人弁護士

辻村義之

愛知県刈谷市神明町三丁目五〇一番地

被告

刈谷税務署長 中田潔

右指定代理人

渡邉元尋

堀悟

田家昭次

山下純

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成八年七月五日付けでした原告の平成七年分所得税に係る更正処分及び賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告による平成七年度所得税の申告経緯

(一) 原告は、平成三年三月一日、被相続人下村為二が死亡したことにより、小金井カントリー倶楽部のゴルフ会員権(以下「本件ゴルフ会員権」という。)を相続(以下「本件相続」という。)により取得した。

(二) 原告は、平成三年九月二日、荻窪税務署長に対し、本件相続に係る相続税の申告をし、平成四年一二月一六日、相続税がかかる財産の明細の内本件ゴルフ会員権の単価を三億円と評価し、倍数〇・七として、取得財産の価額を二億一〇〇〇万円とする修正申告をした。これにより、原告が本件ゴルフ会員権を取得することについて納付すべき相続税額は六二三六万二三〇〇円となった。

(三) 原告は、平成七年六月一五日、本件ゴルフ会員権を増蔵商事株式会社に九五〇〇万円で売却した(以下「本件譲渡」という。)。

(四) そこで、原告は、平成八年三月一五日、平成七年分所得税について、本件譲渡に係る譲渡所得の収入金額を九五〇〇万円とし、その取得費に関し、租税特別措置法(平成六年法律第二二号改正前のものをいい、以下「措置法」という。)三九条(相続財産に係る譲渡所得の課税の特例)一項の規定による特例措置(以下「本件特例」という。)を適用し、租税特別措置法施行令二五条の一五(相続財産に係る譲渡所得の課税の特例)二項の規定に基づき計算した、本件相続における本件ゴルフ会員権分の相続税額六二三六万二三〇〇円を加算し、長期譲渡所得の金額一二七四万三八五〇円、総所得金額二四七七万四二四〇円、納付すべき税額四六二万六四〇〇円とする確定申告をした。

2  被告による本件処分

被告は、これに対し、平成八年七月五日、本件ゴルフ会員権に係る相続税相当額を取得費の額に加算することができないとし、長期譲渡所得の金額四三七八万二五〇〇円、総所得金額五五八一万二八九〇円、納付すべき税額一九三四万三一〇〇円との更正処分及び過少申告加算税の金額一九二万一〇〇〇円との賦課決定処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  異議申立て及び審査請求

原告は、被告に対し、平成八年九月三日、異議申立てをしたが、同年一一月二七日に棄却され、同年一二月二四日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、平成九年一〇月三一日、右審査請求は棄却裁決され、同年一一月七日裁決書が原告に送達された。

二  争点及び争点に対する当事者の主張

本件処分の違法性(特に、長期譲渡所得の取得費に相続税負担分を加算することができるかどうか。)

(原告の主張)

1 原告は、措置法三九条一項の本件特例の二年間内である平成四年九月二八日ころから本件ゴルフ会員権売却のために買受人を探し始めたが、本件ゴルフ会員権の市場価格は、平成元年一二月の四億円をピークに、平成三年六月に三億円であったものが、その後、バブル経済の破綻により急激に下落したような状況であったため、買受人と原告の思惑が一致せず、同期間内に売買契約が成立しなかったものである。

このようなバブル崩壊後、売買価格下落傾向という特段の状況下において売却できなかった特別な事由があるならば、本件特例の適用を認めるのが合理性がある。ところが、被告は、本件特例の適用を認めず、本件ゴルフ会員権に係る相続税相当額を取得費の額に加算することができないとしたので違法である。

2 仮に、本件特例の適用が認められないとしても、本件ゴルフ会員権を、下落傾向から安定時期に入った相当期間内に売却した本件においては、本件ゴルフ会員権の相続税評価額を九五〇〇万円として算出した相続税額と相続税評価額を三億円として算出した相続税額六二三六万二三〇〇円との差額分は、原告による本件ゴルフ会員権の取得費とすることが合理性がある。

なぜならば、原告が本件ゴルフ会員権の現実的価値として把握したのは、九五〇〇万円であり、しかも、原告の相続以後、本件譲渡に至るまで本件ゴルフ会員権は急激に下落したという事情があるし、譲渡益に課税する譲渡所得税の課税趣旨からすると、売却価額九五〇〇万円と相続税評価額三億円との差額二億〇五〇〇万円の評価損分に相当する相続税を現実に原告は負担しており、客観的にも同評価損分に相当する相続税分の譲渡益は存しないからである。

3 所得税法及び相続税法は、それぞれの課税趣旨のもとに納税者の納税義務を定める。そこには、相互に関連する場合も予測し、租税法秩序全体の中で合理性が計られていなければならない。

現行所得税法における譲渡所得に関する規定は、相続が介在した場合、単に「その者が引き続きこれを所有していたものとみなす」(所得税法六〇条一項)と規定するのみである。これは相続税法による課税について全く関与しない趣旨である。ということは、相続した財産を譲渡する場合、その法制下で合理的に機能する条件である相続税の前提となる申告単価相当以上の価額で譲渡されることを想定した立法である。

したがって、少なくとも本件におけるような相続税の申告単価よりも著しく低い価額(申告単価金三億円の三分の一以下)で譲渡された場合を含まない趣旨であり、本件処分は違法である。

4 仮に、相続税の申告単価よりも著しく低い価額での譲渡の場合も含むとするならば、違憲である。

なぜならば、相続税申告単価相当の三億円で譲渡した場合も、相続税額相当の六二三六万二三〇〇円で譲渡した場合も、同じ譲渡所得課税方法により算定することとなるが、後者の場合、明らかに不当な結果を惹起するからである。すなわち、相続税の申告単価を三億円と評価し、相続後間もなく売却意思を発現しながらも、市場の急激な下落傾向の中で買受人との価額一致に至らず、市場価額が横ばい状態となって売買が成立したとき、その価額が相続税額相当額であった場合、売却人には何らの帰責事由がないのに、相続物件について相続税の負担をした後、同一物件の価額下落について一切の危険負担をし、譲渡所得による所得税の負担をすることとなる。これは本来的に想定していない状況に対して、画一的処理をすることによって生じるものであり、これを容認することは国民の財産権の侵害であり、憲法二九条一項に違反する。

(被告の主張)

1 本件処分の適法性

原告の平成七年分の総所得金額、納付すべき税額及び過少申告加算税の額は次のとおりである。

(一) 総所得金額 五五八一万二八九〇円

総所得金額は、次の(1)の不動産所得の金額、(2)の給与所得の金額及び(3)の長期譲渡所得の金額の二分の一(所得税法二二条二項二号)に相当する金額(四三七八万二五〇〇円)の合計額である。

(1) 不動産所得の金額 一五三万六九五〇円

(2) 給与所得の金額 一〇四九万三四四〇円

(3) 長期譲渡所得の金額 八七五六万五〇〇〇円

原告が所有していた本件ゴルフ会員権は、所得税法六〇条(贈与等により取得した資産の取得費等)一項の規定によって、譲渡の日において原告が所有していた期間が五年を超えていると認められるので、本件譲渡による所得は、同法三三条三項二号に規定する長期譲渡所得となるところ、その金額は、次のイの金額から次のロないしニの金額を控除した金額である、

イ 譲渡所得の収入金額 九五〇〇万〇〇〇〇円

ロ 取得費の額 四七五万〇〇〇〇円

右金額は、所得税基本通達三八―一六(土地建物等以外の資産の取得費)の定めに基づいて右イの譲渡所得の収入金額九五〇〇万円に一〇〇分の五を乗じて算出した金額である。

ハ 譲渡に要した費用の額 二一八万五〇〇〇円

右金額は、原告が、その確定申告において譲渡に要した費用の額とした手数料一九〇万円に、有価証券取引税の額二八万五〇〇〇円を加算した金額である。

ニ 特別控除額 五〇万〇〇〇〇円

右金額は、所得税法三三条四項で規定する特別控除額である。

(二) 課税所得金額及び納付すべき税額

(1) 所得控除額 二八〇万一二六〇円

(2) 課税総所得金額 五三〇一万一〇〇〇円

右金額は、前記(一)の総所得金額五五八一万二八九〇円から、右(1)の所得控除額二八〇万一二六〇円を控除した金額(国税通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数切捨て)である。

(3) 納付すべき税額 一九三四万三一〇〇円

右金額は、次のイの金額からロ及びハの金額を控除した金額である。

イ 課税総所得金額に対する税額 二〇四七万五五〇〇円

右金額は、前記(2)の課税総所得金額を基礎として、所得税法八九条の規定により算出した金額である。

ロ 特別減税額 五万〇〇〇〇円

ハ 源泉徴収税額 一〇八万二四〇〇円

(三) 過少申告加算税の額 一九二万一〇〇〇円

本件については、国税通則法六五条四項に規定する「正当な理由」があるとは認められないので、本件更正により納付すべき税額一四七一万円(同法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て)を基礎として、同条一項及び二項の規定を適用して算出した金額である。

(四) 以上のとおり、被告が原告の平成七年分所得税についてした本件処分は、いずれも右金額と同額であるから、本件処分は適法である。

2 措置法三九条一項は、相続の開始があった日の翌日から、その相続税の申告書の提出期限の翌日以後二年を経過する日までの間に、その相続税に係る課税価格の計算の基礎に算入された資産を譲渡した場合に、相続税額のうちその資産の価額に対応する部分の金額を取得費の額に加算する旨規定する特例措置である。

ところで、被相続人下村為二は、平成三年三月一日に死亡し、同人の遺産に係る相続税の法定申告期限は平成三年九月二日となるから(平成四年法律一六号改正前の相続税法二七条一項)、平成五年九月二日までに相続税額に係る課税価格の計算の基礎に算入された本件ゴルフ会員権を譲渡した場合に限り本件特例の適用があるところ、原告は、本件ゴルフ会員権を平成七年六月一五日に売却したのであるから、本件特例を適用する余地はない。

3 原告は、所得税法六〇条一項は、相続した財産を譲渡する場合、相続税の前提となる申告単価相当以上の価額で譲渡されることを想定しているから、本件のように相続税の申告単価よりも著しく低い価額で譲渡された場合には適用がないと主張する。

しかし、所得税法が定める譲渡所得に対する課税は、資産を保有する者がこれを譲渡する場合、その資産の保有者の手を離れるのを機会に、その保有期間中のキャピタルゲイン(資産価値の値上り益)について所得の実現があったとして課税するものであり、一方、相続税は、自然人の死亡による相続、遺贈等に着目して、財産の無償取得に対して課税するものであるから、課税対象も、課税時期も、課税標準及び税率等異なる別の租税である。

したがって、相続財産について相続税の負担をした後に、相続財産を譲渡したことにより利害得失が生じたとしても、そのことは、相続税の課税とは別異の問題であり、右譲渡により利益が生じれば、所得税が課税されることは当然のことである。この場合、相続税負担分を譲渡所得課税において考慮されないのは、相続税の対象となる財産はある一定の資産価値を有していることを前提とし、その資産価値に着目して相続税が課税されるものであるのに対し、相続税負担分は、資産価値そのものの増減に何らかの影響を与えるような性質のものではないからである。これを資産価値の値上がり益を実現するための経費であるところの取得費などの性質から考えてみても、たとえ相続税を支払わなくてもその資産価値に何ら変動を与えるものではないから、取得費としての性質を持つものでもなく、相続税負担分は譲渡所得課税において考慮されることがないのである。

所得税法六〇条一項は、受贈者、相続人に前所有者のキャピタルゲインに対する課税を引き継がせる意味で、資産の取得価額を引き継ぐ規定を置き、さらに、キャピタルゲインの課税が引き継がれる場合には、その資産について受贈者、相続人等が「引き続きこれを所有していたものとみなす」として、取得価額が引継がれるだけでなく、前所有者の取得時期も引継がれ、その結果「長期保有資産」と「短期保有資産」の判断も、前所有者の保有期間と通算して行われることを定める趣旨の規定である。

そして、相続開始後、相続財産の価格が変動することがあるのは当然のことであるにもかかわらず、所得税法に原告が主張するような適用を制限する明文の規定は存在しないことからしても相続財産を譲渡した場合にその価格が相続時の申告価額より低価であるからといって、ことさら別異に考えなければならないことはないのである。

したがって、原告が主張するように、少なくとも本件におけるような相続税の申告単価よりも著しく低い価額で譲渡された場合を含まないと解釈する余地はない。

4 原告は、譲渡所得に対する課税の場面において、仮に相続税の申告単価よりも著しく低い価額で譲渡した場合に所得税法六〇条一項の適用があるとするならば、憲法二九条一項に違反すると主張する。

しかし、3で述べたように所得税と相続税は異なる課税時期に、異なる課税標準に対して課税される別異の租税であって、所得税法の前記規定からすれば、相続財産について相続税の負担をした後に相続財産を譲渡した場合に譲渡所得課税がなされることは当然のことであって、これは本来的に想定されている状況である。

このように、相続開始時点の相続財産の価格と当該財産を譲渡する際の価格が時を隔てることによって異なってくることは当然のことであり、財産価格の変動(たまたま市価が下落したこと)を以て課税庁が国民の財産権を侵害したものということはできない。

第三当裁判所の判断

一  措置法三九条一項は、相続の開始があった日の翌日から、その相続税の申告書の提出期限の翌日以後二年を経過する日までの間に、その相続税に係る課税価格の計算の基礎に算入された資産を譲渡した場合に、相続税額のうちその資産の価額に対応する部分の金額を取得費の額に加算する旨規定する特例措置であるところ、被相続人下村為二は、平成三年三月一日に死亡し、同人の遺産に係る相続税の法定申告期限は平成三年九月二日であるから(平成四年法律一六号改正前の相続税法二七条一項)、本件ゴルフ会員権を平成七年六月一五日に譲渡した本件譲渡に関して、本件特例を適用する余地はない。

原告は、措置法三九条一項の本件特例の二年間内である平成四年九月二八日ころから本件ゴルフ会員権売却のために買受人を探し始めたが、バブル崩壊後、売買価格下落傾向という特段の状況下において売却できなかった特別な事由があるので、本件特例の適用を認めるべきであると主張する。

しかし、所得税法にいう譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいい(所得税法三三条一項)、譲渡所得の金額は、当該年中の当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し、その残額の合計額から譲渡所得の特別控除額を控除した金額をいうところ(同条三項)、譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額であるとされている(同法三八条一項)。措置法三九条一項は、右所得税法三八条一項の特則として、相続により取得した資産を譲渡した場合における所得税の譲渡所得の取得費について、本来、取得費とならない相続税負担部分を一定の期間に限定して取得費と認める特別の措置であり、行政法規であることも考慮すると、このような規定に該当しない場合にその例外を拡張することには慎重であるべきである。原告は、本件ゴルフ会員権が売却できなかった特別の事情があるというが、売却することが社会通念上不可能ともいえず、右原告の主張する事情のみで措置法三九条一項を類推ないし準用することはできないものといわざるを得ない。

二  原告は、本件ゴルフ会員権の相続税評価額を九五〇〇万円として算出した相続税額と相続税評価額を三億円として算出した相続税額六二三六万二三〇〇円との差額分を本件ゴルフ会員権の取得費としなかった違法があると主張する。

しかし、譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、前記のように所得税法三八条一項により規定されており、別段の定めは措置法三九条一項以外には認められないから、この原告の主張はそれを裏付ける法令上の根拠を欠くから、失当である。

なお、原告は、本件ゴルフ会員権の価値が急激に下落したこと及び相続時から譲渡時までの評価損分を既に負担し譲渡益がないことを根拠としている。

しかし、所得税法が定める譲渡所得に対する課税は、資産を保有する者がこれを譲渡する場合、その資産の保有者の手を離れるのを機会に、その保有期間中のキャピタルゲイン(資産価値の値上り益)について所得の実現があったとして課税するものであり、他方、相続税は、自然人の死亡による相続、遺贈等に着目して、財産の無償所得に対して課税するものであるから、課税対象も、課税時期も、課税標準及び税率等異なる別の租税である。したがって、譲渡所得の課税の際には、譲渡の時点における総収入額から取得費の額を控除すれば足りるのであり、相続時における資産の評価額を考慮する必要はない。よって、原告の主張する根拠は理由がない。

三  また、原告は、所得税法六〇条一項は、本件におけるような相続税の申告単価よりも著しく低い価額で譲渡された場合を含まない趣旨であるのに、この適用をした本件処分は違法であると主張する。

しかし、所得税法六〇条一項は、居住者が贈与、相続等により取得した資産を譲渡した場合における事業所得の金額、譲渡所得の金額等の計算については、その者が引き続きこれを所有していたものとみなすという規定であり、受贈者や相続人に前所有者のキャピタルゲインに対する課税を引き継がせるため、資産の取得価額を引き継ぐこととし、さらに、その場合には、その資産について受贈者、相続人等が前所有者の取得時期も引継ぎ、その結果、長期保有資産と短期保有資産の判断も、前所有者の保有期間と通算して行われることを定める趣旨の規定である。この規定は、明文上、相続税の申告単価よりも著しく低額で譲渡した場合を含まないとすることはしていない。

また、二で述べたとおり、所得税法が定める譲渡所得に対する課税と相続税は、課税対象も、課税時期も、課税標準及び税率等異なる別の租税である。

相続税負担分が譲渡所得課税において考慮されないのは、相続税の対象となる財産はある一定の資産価値を有していることを前提とし、その資産価値に着目して相続税が課税されるものであって、相続税負担分は、資産価値そのものの増減に何らかの影響を与えるような性質のものではないからである。また、相続税を負担したことによりその財産を取得するのではなく、相続という事実により負担が生じるものであり、相続税を支払っても支払わなくてもその資産価値に何ら変動は生じないから、相続税負担分を、資産価値の値上がり益を実現するための経費である取得費とすることはできないのである。

したがって、相続税負担分は、措置法三九条一項のような別段の規定がない限り、譲渡所得課税において考慮されることがない性質のものであり、所得税法六〇条一項が相続税の申告単価よりも著しく低額で譲渡した場合を除外する根拠となり得ないものである。

四  原告は、更に、所得税法六〇条一項が相続税の申告単価よりも著しく低い価額での譲渡の場合も含むとするならば、違憲であると主張する。

しかし、二で記述したように、所得税と相続税は異なる趣旨で課税されるものであり、課税時期、課税対象が異なるものであるので、相続税で課税した後に譲渡があった場合に、その譲渡価格が相続税の申告単価よりも著しく低い価額であったとしても、同条項を適用することに合理性が認められ、違憲であると評価することはできない。

五  以上によれば、被告が、措置法三九条一項の適用を認めなかった行為は適法であり、その余の課税の計算については、被告主張のとおりと認められるから、本件処分は、適法である。

六  よって、原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 佐藤哲治 裁判官 安永武央)

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